お便り紹介3

一之貝昔物語
  一之貝から、町に買い物や病院に出掛ける時の足に今は車の方がほとんどだと思いますが昔はバスでした。栃尾行きと森立峠経由長岡行きが有りました。今は、廃止で軽井沢までの運行になっていますが母の姉が長岡に住んでいて月一回位バスで出掛けて行きました。森立峠から長岡の夜景が見え、ネオン看板がキラキラして正しく「百万ドルの夜景」でした。都会との境が森立峠であったような気がしました。そのバスも冬になると、雪で森立峠が通行止めでさらに雪が多くなると、軽井沢行きでなく一之貝下口止まりでした。夕方のバスは、軽井沢の方々が何人か利用していて、一之貝下口から軽井沢まで歩いて帰宅していました。雪道でずっと上り坂なので30分位掛かるのではないでしょうか。バスは、人々の足の他に栃尾からの朝一番の便に、朝刊が積まれいました。一之貝小学校入口で新聞屋さんが受け取って、それからの配達になるので、早くて8時頃の配達になるのでした。おじさん一人で歩いて一之貝を配達してそれから軽井沢へ配達に行きます。

 一之貝の保育園に軽井沢からも子供達が路線バスで通っていました。お弁当を食べて、お昼寝の時間になると軽井沢の子供達はお帰りでした。夕方だと丁度よい時間のバスが無く帰りが遅くなってしまうのでお昼の時間のバスで帰るのでした。カバンには、定期券がぶら下がっていて、軽井沢の子供達だけでバスに乗って帰るので「すごいな」と子供心に思いました(先生がバスの運転手さんにお願いして降ろして貰うのですが)又、昼寝が嫌いだったので早く帰れるのがうらやましくも思いました。昼寝をせずガサガサして、お寺境内のばんじん様によく連れて行かれ(鉄アレ!?を持った仁王様の様な像)泣く泣く昼寝させられました。